「Passion」
なぜホルモン焼なのと友人やお取引先様より聞かれることがしばしばあります。
さまざまな理由が後付けされましたが、実は、スタートラインは僕のルーツにあるのです。
僕は、いわゆる”在日3世”です。両方の祖父が韓国から日本に渡ってきました。渡ってきた?という表現よりも、第二次世界大戦中に日本に移らざるを得ない状況といった方が正しいかもしれません。
日本で戦争終結を向かえ、さまざまな事情があって、両方の祖父ともに日本でビジネスをスタートしました。
その時の母方の祖父が始めたのが、ホルモン焼&焼肉屋の『たからや』でした。埼玉県で2店舗をもつだけの小さな昔ながら店でした。
30年もの間営業したその店舗は、老舗として長年の間、常連客にこよなく愛されるお店でした。
辛い味付けの韓国本場のホルモン・焼肉は、オーダーが来てから肉を切り、にんにくをつぶし、一人前ずつ丁寧に味付けるという徹底ぶり。

お世辞にもきれいといえない店でしたが、肉にはこだわり、A4以上の本当にいい肉だけを厳選して、ステーキ並に分厚く切り出すスタイルでした。
ほんとうに頑固な店でしたが、本当に多くのお客様が『たからやで食べたら、他で食べられない』とまでおっしゃっていただけるようなお店でした。
僕自身も本当にすごい!ここまで愛される店は他にはない!と尊敬すらしていました。
しかし、祖父祖母がなくなり、店は数多くのお客様に惜しまれつつも、閉店を迎えました。
2003年のことです。
そして時がたち、縁あって、僕自身が飲食業に移る機会を得ました。
その時に、必然的に僕の心に浮かんだのは、祖父がスタートし、長年続けた事業への想いです。
飲食業をやるなら、僕のルーツが長年守り続けて、亡くなる直前まで情熱を注いだホルモン・焼肉からスタートしたい!と自然に考えたのです。
僕はこの店をコピーしたいわけではありません。時代も違います。その味が必ずしも現代にマッチしているとも思いません。
商標の関係上、『たからや』ではなく、『蔵月』となり、新しい仲間と新しい場所で、新しい味での挑戦です。
しかし、祖父祖母が日本で生きていくために、埼玉の小さな焼肉屋から始めたその”魂”と、肉、そして商品へのこだわりは、受け継ぎます!
『たからや』からの魂を胸に、この事業に取り組みたい思います。祖父祖母がおこなったように味にこだわり、30年続く店を作り上げたいと思います。
少し長くなりましたが、これが僕がこの事業をスタートしたルーツです。

